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短編小説:『取材(下)』

『取材(下)』作:イシイアキヒト



「じゃあ最後の話題に移ろうか。
今までに印象に残っている客とかいるかな?」
 既に二時間ほどの時間が経ち、インタビューも終わりに近づいた。
様々な女性経験をレコーダーに納め、途中テープ交換に伴う小休止
(ついでに私が酒を買ってきた。もちろん私のお金で)すら
挟んでいた。
 酒のせいか時間の経過のせいか、彼らの警戒心は次第に
緩んでいった。勤務先の店に対する不満や、その店の暗部
(下手したら警察沙汰だ)をも自ら進んで話し始めるほどに。
これだけでも大収穫ではあったが、私には、まだ最後の重要な事柄
を聞きだす役目が残っていた。
「おっさん、もういいんじゃねぇか? オレら疲れたよ」
「酒とかも十分飲んだしな。
これ以上話すんなら酒以上のモンをくれよ」
「と、言うと?」
「葉っぱ、持ってねぇの?」
「お、おい……」
 ケンジの不用意な発言をリョウが慌ててたしなめる。
葉っぱ、いわゆる大麻のことだ。彼らは日常的ではないにせよ
大麻を服用しているらしい。それはこれまでのインタビューの
端々からも伺い知れた。
「残念ながら今はないなぁ。数日待ってくれれば都合できるんだが」
「マジで? おっさんそんなルートあんの?」
「ああ。こういう仕事をしていると、そっち方面にも知り合いが
できるんだよ。ブローカーとかヤクザとかね。
……そうだな、今はないが一週間後には渡せると思う」
「おっしゃ! 約束だぜおっさん。さあ、何でも聞いてくれや」
 それを聞いて俄然元気を取り戻したケンジが、椅子にきちんと
座りなおした。実に単純な奴だ。
「最後に聞くのは嫌な客の話さ。
でも君らも疲れているっぽいから手短に聞きたいな。
……そうだ、君たち電車の中で何か話していただろう?」
「どの話だよ?」
「ほら、あのアマウザいとか何とか……」
「ああ、あれか。最近の話だな」
「それを詳しく聞かせてくれよ」

「そいつは、初めは誰かに連れられて来たんだっけな」
「それで、こいつに一目ぼれしたんだよ。
こんなヤツのどこがいいんだかな」
 リョウがケンジを指差す。
「それで?」
「そんで、店が終わった後こいつが送っていって
……すぐにヤったんだっけ?」
「ああ、ちょろいもんよ」
 ケンジが自慢げに答える。
「オレのテクで虜にしてやったぜ」
「その子は、君の好みのタイプだったのかい?」
「んなワケねぇじゃん。すっげぇ不細工なんだから」
「ああ、マジでこんな女がいるなんて信じられないぐらい
不細工だったな。体つきは良かったけど」
「じゃあ、なんで?」
「なんか、金払いがいいんだよ。ゴールドだかプラチナだか、
そんなカード持っててさ。それから何度も店に来て
金は落としていくし、オレがせがめば何でも貢いでくれたぜ」
「呼び出したらすぐに来たしな」
「体つきは良かったよな? お前も知ってんだろ?
一緒にヤった仲じゃねぇか」
「そんなこともあったかな?」
 とぼけやがって、とケンジがリョウを小突く。
「じゃあ、付き合ってはいないんだね?」
「ああ、好きでも何でもねぇよ。ただの金づるだ」
「それに性欲処理、だろ」
「その子は付き合っているって気持ちじゃなかったのかな?」
「はぁ? あぁ、でもそうかもしんねぇな。
『一緒に写ってる写真が欲しい』とか言われて、
寝てる時に勝手に一緒の写真撮られたし」
「何それ。マジうぜぇじゃん」
 この話はリョウも知らなかったらしく、
少し驚いたような表情をした。
「もちろん気づいてソッコー消去させたよ。
マジむかついたから歯ぁ折れるまで殴ってやった」
「そしたらその子はどうしたのかな?」

「いやー、なんか謝ってた。でも許さなかったけどね。
『慰謝料として百万持って来い』っつったら
すぐ振り込んできたから許したけど」
「それって、慰謝料払うのお前じゃね?」
「あー? つーか気分悪いのこっちだし。当然じゃね?」
 そこで二人は下卑た笑い声を上げた。

「今もまだその子と続いてるの?」
「いや、なんかうっとうしくなってきたからさ。
最後にデートして、カードで限度いっぱいまで買い物してから、
後輩たちのたまり場に置いてきた」
「後輩って例のヤツ等だろ? ひでぇな」
「どんなヤツ等なの?」
「まぁ、やんちゃなヤツ等だよ。
泣き叫ぶ女とヤるのが好きだっつってたな。
腕ぐらい折られてんじゃね?」
「ビデオに撮られてんのは間違いないな」
 なかなか気が滅入る話だ。私は一つ伸びをしてから質問を続けた。
「それからは?」
「さすがにパッタリと来なくなったなぁ。連絡も取れないし」
「自殺してたりしてな」
「まぁそっちのほうが厄介払いができていいよ」
「もし死んでいたとして、罪悪感は感じないの?」
「さぁ? 死んだのはあっちの勝手だから知らねぇよ」
「それに、そんなの感じてたらキリないしなぁ」
「オッケー、ありがとう。これでインタビューは終了だ」
 私はレコーダーのスイッチを切り、彼等は一様に背伸びをした。
もう空が白んできていた。

「長い時間ありがとう。いい取材ができたよ」
「それよりもおっさん、謝礼忘れんなよ。こんだけ長い時間
かかったんだから、初めに言った倍ぐらいよこせよ」
 別れの挨拶をして帰る際、玄関口でリョウが
抜け目なく要求してきた。
「私はヒラだからどうなるか分からないけど、上には言ってみるよ。
口座はこれでいいんだっけ?」

 私はインタビュー後に書いてもらった口座番号を見せた。
「ああ、それでいいよ」
「おっさん。もう一つの謝礼も忘れんなよな」
 ケンジが念を押すように言う。
「ああ、分かってる。話を通しておくから、
さっき渡したメモに書いてある倉庫に来週行ってくれ。
何かあったら電話をくれればいい。携帯番号はさっき教えたろ?」
 素直に頷く彼らの姿を尻目に、私はマンションのドアを閉めた。
さすがに体は疲れている。この歳で徹夜は辛い。
だが、休んでいる暇はなかった。やるべきことがたくさんある。
私は手を上げてタクシーを停め、それに乗り込んで社に向かった。

 それから一週間が経った。
私は、迫り来る雑誌のスケジュールに追われていた。
携帯電話もひっきりなしに鳴るし、メールもひっきりなしに来る。
 とある重要なメールを確認した直後、携帯にこの日何度目かの
着信があった。しかしその着信音は通常着信音ではなかった。
 私は目の色を変えて電話を取った。なぜならそれは
今日一番待ち望んでいた電話だったから。
「あぁ、うん。そうか、確保したか」
 席を立ち移動しながら話を続ける。
あまり人に聞かれたい話ではなかった。
「それで? なるほど、私と話したいと。いいよ、代わってくれ」
 電話口の向こうで人の入れ替わる気配がし、
続いて怒鳴るような声が私の耳に飛び込んできた。
「てめぇ、騙しやがって! なんだよこいつらは!?」
 先日と変わらぬ乱暴なケンジの声。
だがしかし、今日はその威勢の良さが陰り気味だ。無理もない。
大麻を受け取りにのこのこ倉庫に足を運んだら、
いきなり屈強な男達に捕らえられたのだから。
「ああ、彼らはいわゆるヤクザだ。言わなかったかい?
『知り合いがいる』ってね」
「ヤクザにオレを捕まえさせてどうすんだよ?
オレが何かしたのかよ?」
「そうだな。君が直接私に何かしたというわけではないよ。
被害をこうむったのは、私の娘なんだからね」

「だ、誰だよそれは? おっさんの娘なんて知らねぇぞ?」
「いや、よく知っているはずだよ。
電車の中でも『あのアマ』と話題に上るぐらいなんだから。
苦労したよ。親のクレジットカードを使って散々ホストに貢いだ
挙句、そのホストに裏切られて捨てられ、精神を病んで
服毒自殺した娘の仇を探すのは」
「な、何のことだよ? 人違いじゃねぇのか?」
「いや、君たちから詳しい話も聞いたし、君の背中のタトゥーも
娘の言葉通りだ。背中に彫っているのは孫悟空だろ?
肩口から如意棒が見えていたよ」
「人違いだって。おっさんの苗字は井出だろ?
オレ、井出なんて女は知らねぇもん」
 私はため息を一つついて言葉を続けた。
「本当に君は世間を知らないな。
取材によって名刺を使い分けることは、この業界じゃ当たり前さ。
それに君のような、人にたかることしか考えていないクズに、
私が本当の名前を教えるわけがないだろう」
「ち、違うよ。オレじゃねぇ。オレは殺してなんかいねぇ。
あの女が勝手に死んだんじゃねぇか」
「もちろんそうだ。君は直接手を下したんじゃない。
だけど、このままでは気が晴れない親心も分かってもらえるかね?」
「わかんねぇよ! 逆恨みじゃねぇかよ!」
 ケンジが声を荒げた直後、鈍い音と低いうめき声がした。
ヤクザのうちの誰かが、まだ立場がよく分かっていないケンジに
折檻したのだろう。
いい仕事をしてくれる。私はほくそ笑みながら話を続けた。
「正直、私も迷ったさ。だから君たちに取材をしたんだ。
少しでも反省していたり、罪悪感があったりしたら許そうと。
でも君たちに反省の色はなかった。そこで私はこう思ったんだよ。
『君たちを処分することは私の娘の安息のためだけじゃない。
世のためなんだ』ってね」
「……クソ野郎。今に見てろよ。
そのうちリョウがなんかおかしいってことに気づいてくれるさ。
そんでオレらの店長に話通してくれんだ。
次にやられるのはお前だぜ」
「リョウ君の身柄も確保したと、ついさっきメールが入っていたよ。

それと、君らの店、おそらく今日当たり警察に挙げられることに
なっているよ。ついでに君たちの悪事も店長にばらしたんだけど、
店長はそれどころじゃないみたいだったねぇ」
「オレらをどうする気だよ」
 次第に初めの元気がなくなってきた。それでは困る。
張り合いがない。
「心配しなくても、私が行くまではそう手荒なことはしないように
伝えてある。でないと私の気が晴れないだろう?
そして私が着いた後は、私の手で、君が私の娘にしたことを
全部お返しするつもりでいるがね」
 相手が絶望とも諦めともつかぬうめき声を上げるのを聞いて、
私は満足した面持ちで電話を切った。と、そこに一人の男が
声をかけてきた。
「編集長。次号の発送が無事に終わりました。
しかしあのホストの記事を差し込むのには苦労しましたよ。
印刷所の親父が渋りやがって……」
「ああ、ありがとう。迷惑をかけたね」
「まぁ、弱み握ってますからちょいと脅せばすぐでしたがね。
ところで、何かいいことでもあったんですか?
やけに嬉しそうな顔をしてるじゃないですか?」
「いやなに、今から憎い相手を思う存分いたぶれるんだよ」
「それは楽しそうですね」
「井出、お前も行くか?
奴の歯が折れてどこまで飛ぶか、競争しようじゃないか」
「いいですね。お供します」


〈完〉









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作者イシイアキヒト氏:イベント参加決定!

ブースNo:A-47 「武器屋小説」販売。

価格:300円

===

「第七回文学フリマ」

開催日:2008年11月 9日(日)

時間:開場11:00〜終了16:00

開催概要:文学作品の展示即売会
・出店サークル数 150以上
・入場無料
・サークルカタログ無料配布(数に限りがあります)
・立ち読みコーナーあり
・第七回文学フリマ内で
「講談社BOX 東浩紀のゼロアカ道場 第四回関門」が実施されます

会場:東京都中小企業振興公社 秋葉原庁舎 第1・第 2展示室
(JR線・東京メトロ日比谷線 秋葉原駅徒歩 1分、
都営地下鉄新宿線 岩本町駅徒歩 5分)

===
| 武器屋短編小説 | 01:34 | comments(1) | -

短編小説:『取材(上)』

『取材(上)』作:イシイアキヒト


「つーか、ウザいんだよな、あのアマ」
「確かに。ウザかったよな」
 終電間際の電車の中。若い男の声だけが響いている。
「すぐに『愛してる?』とか聞いてきてよ。愛してねぇよ」
「あの顔で相手にしてもらえるかと思ってんのかって感じだよな」
「馬鹿すぎて、思わずぶん殴りたくなったぜ」
「つーか、実際殴ってたじゃん」
「そうだっけか? 殴ってばかりだから忘れちゃったぜ」
 そこで二人で声を合わせて笑う。

 話している男二人は、いかにもホストといったいでたちだった。
 金色に染めた髪、それを時間とヘアワックス代をかけて、
まるでファッション誌に出てくるような髪形にしている。
 一人は比較的短い髪で、それらを威嚇でもするかのように
全て逆立て、もう一人は顔半分が隠れるほどに長い髪を
無造作に垂らしている。
 服はブラックスーツ。どちらもノーネクタイで白いシャツの
襟を出し、首にはピカピカ光るネックレスをしている。
 それらがどこのブランド物でどこで買ったか(あるいは買って
もらったか)は知らないが、ふんだんに金がかかっていそうだ。
 そんな二人が、声高に話している。彼らは酔っているのだろう。
 もし普通の状態なら、もし普通の時間帯なら、そしてもし
モラルと節度を持った人間なら、適度に混みあった電車内で
こんなに大きな声を出しはしない。
 しかし他の乗客も多分に漏れず酔っていた。乗客の願いは
一刻も早く家に帰って暖かい布団で寝ることなのだ。
誰も彼らの頭の悪そうな話に興味を持とうとはしないし、
ましてやわざわざ聞き耳を立てようとはしないだろう。

 この私を除いて。

 電車がある駅に着き、アナウンスが流れ、二人は降りていった。

 私は急いで彼らの後を追った。
「ねぇねぇ、君たち」
 郊外の駅を出て数百メートル歩いた頃、私は彼らに声をかけた。
「なんだよおっさん」
「なんか用かよ」
 明らかに警戒した表情で若者は私を見た。
 刺激しないようににこやかな笑顔を作って、私は話を続ける。
「いやいや、私はこういう者なんだけどね」
 彼らの不審を拭おうと、私は名刺を差し出した。

『週間エグゾゼ』専属ライター  井出 駿

「なんだ? おっさん雑誌の人か?」
「ライターと言ってくれれば嬉しい。三流ゴシップ誌だけど」
「イデシュン? 変な名前だな」
「ハヤオと読むんだけどね。こればっかりは親を恨むしかないな」
 彼らが私に興味を示し、警戒心が緩んだ。その隙を突いて、
私は話を進めた。
「それで、結局何の用なんだよ?」
「間違ってたら悪いんだけど、君たちはホストなのかな?」
「ああ、そうだけど」
「実は今度雑誌でホストクラブの特集をすることになってね。
それで是非君たちから話を聞きたいんだよ」
「オレらの話?」
「なに? 雑誌に載るの?」
 口々に質問を返す。どうやら乗ってきたようだ。
「もちろんさ。それに謝礼も払う」
「でもさ、何でオレらなわけ? 他にもホストいるっしょ?」
 二人のうち、長髪の男が疑問を投げかける。
「そういやそうだ。おいオッサン。何か隠してんじゃねぇのか?」
 短髪の男が威嚇する。スーツの前をはだけて、内ポケットの
ナイフをこれ見よがしに見せる。
「いやいや、君たちの疑問ももっともだ。実はね、既に他の所で
取材はしているんだよ」
「だったら何で?」
「それが店を通しての取材だったから、なんだか歯切れが悪くてね。

私はホストの実態を記事にしたいんだ。だからこうやって
行き当たりばったりに声をかけているのさ」
「じゃあ店には言わなくていいんだな?」
「ああ。それに匿名にしておくから悪口を言っても店にはばれない。
そして、謝礼も君たち個人に払い込むよ」
「それ、どんくらいなんだよ?」
 私は六桁の金額を彼らに伝えた。その金額が決め手だった。
私は話を聞くため、そして写真を撮るために、彼らと共に彼らの
マンションに向かった。

「疲れてるんで、手短に頼むぜ」
 自らの家に戻った彼らは、そこでやっとくつろいだ表情になった。
「ああ、分かった。まずは写真から撮らせてくれるかな?
どういう所に住んでいて、どういう生活をしているかも大事なんだ」
「好きに撮ってくれや。つうか、カメラマンいねぇのかよ?」
「僕みたいなしがないライターは、全部自分でやんなきゃ
いけないのさ」
「だっせぇな」
 彼らは、マンションの一室に同居していた。同居といっても部屋
は別だ。それぞれの部屋があり、キッチン、バス、トイレが共通。
 住居は平凡だったが、部屋にあるものは派手だった。
買ったのか貰ったのか、高級かつ趣味の悪いアイテム
(時計、バッグ、アクセサリー……)が部屋に散らばっていた。
 私はそれらを残らずカメラに収めた。シャッターを切っている間、
部屋の主にはキッチンに退避してもらった。彼らは退避先の
キッチン、あるいは退避前の自分の電話で、
営業の電話をかけているようだった。

「さて。君たちに聞きたいことなんだけど」
 写真撮影および営業電話が一段落し、私はキッチンに
彼ら二人を集めてインタビューを開始した。
「実は大多数の内容は、もう取材しちゃっててね。
当たり障りのない内容だったら聞く必要はないんだ」
「はぁ?」
「じゃあおめぇは何しにきたんだよ?」
 いらついた様子で口々に文句を言う。特に短髪の男
(名前はケンジというらしい)はまるで獣のように荒々しく、
いつでも人を殴る機会を窺っている。さっき入った彼の部屋には、
いつも持っているらしいバタフライナイフがあったし、
部屋着らしきタンクトップに着替えた今、その肩口にタトゥー
がチラチラと見える。
「いや、誤解しないでほしいんだ。
もちろん君たちにインタビューはするし、謝礼も払うよ。しかし、
今から聞くのはあんまり普通の事柄じゃないってことさ」
「どういうことだよ?」
 長髪の男(こちらの名前はリョウだ)がそう聞き返す。先ほどの
路上での会話もそうだったが、この優男は幾分頭が回るらしい。
金の匂いにも敏感だし、キナ臭さも嗅げる。筋骨隆々というわけ
ではなくスリムな体系だ。おそらく頭脳労働専門なのだろう。
「つまりは」
 私はターゲットをリョウに絞って話し始めた。こちらのほうが
すんなり(かつ暴力を振るわずに)理解してくれる気がしたからだ。
「かなり踏み込んだ質問をするってことさ。
特にウチは三流だからね。ホストの下半身事情なんか、
読者が喜ぶんだ」
「下半身事情って何だ?」
 ケンジがリョウに尋ねる。
「女とヤったかとかヤらないとかそういう事だよ。でもおっさん、そんなのオレらあんまり言いたかねぇぜ」
「ああ、だからこそ君らに取材してるんじゃないか。プライバシーは守るし、謝礼に色もつけるよ。どうだい?」
 ケンジは渋っていたが、謝礼に色がつくと聞いたリョウが
まるで猛獣使いのように彼をなだめ、私はテープレコーダーの
スイッチを入れた。

〈上・完〉










===

作者イシイアキヒト氏:イベント参加決定!

ブースNo:A-47 「武器屋小説」販売。

価格:300円

===

「第七回文学フリマ」

開催日:2008年11月 9日(日)

時間:開場11:00〜終了16:00

開催概要:文学作品の展示即売会
・出店サークル数 150以上
・入場無料
・サークルカタログ無料配布(数に限りがあります)
・立ち読みコーナーあり
・第七回文学フリマ内で
「講談社BOX 東浩紀のゼロアカ道場 第四回関門」が実施されます

会場:東京都中小企業振興公社 秋葉原庁舎 第1・第 2展示室
(JR線・東京メトロ日比谷線 秋葉原駅徒歩 1分、
都営地下鉄新宿線 岩本町駅徒歩 5分)

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| 武器屋短編小説 | 00:40 | comments(1) | -

武器屋小説告知!!


密かに人気の隠れコンテンツ「武器屋短編小説」


作者イシイアキヒト氏が自費出版にて本にされましたーー!!



その本を引っ提げ『文学フリマ』に出展されるそうです。

ブース番号は「A-47」!

300円で販売されるそうで
当店の世界観を踏襲した表紙が目印です!

お近くの方は是非ともイシイアキヒト氏の応援に行きましょう!


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「第七回文学フリマ」

開催日:2008年11月 9日(日)

時間:開場11:00〜終了16:00

開催概要:文学作品の展示即売会
・出店サークル数 150以上
・入場無料
・サークルカタログ無料配布(数に限りがあります)
・立ち読みコーナーあり
・第七回文学フリマ内で
「講談社BOX 東浩紀のゼロアカ道場 第四回関門」が実施されます

会場:東京都中小企業振興公社 秋葉原庁舎 第1・第 2展示室
(JR線・東京メトロ日比谷線 秋葉原駅徒歩 1分、
都営地下鉄新宿線 岩本町駅徒歩 5分)

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| 武器屋短編小説 | 02:33 | comments(3) | -

短編小説:『深海飛行士(下)』


『深海飛行士(下)』 作:イシイアキヒト


 数時間が経過し,最後の設置ポイントに到達した時,ペトロには
何か嫌な予感がした。
 何本かのニードルをすでに設置し終え,経験を得るにつれて
余裕すら芽生えてきたペトロだったが,その場所に,その空間に
何か違和感を覚えたのだ。
 違和感を抱くこと自体,そのような感情を持つこと自体,任務下
の彼には異常なことだった。
 それは風景ではない。風景は代わり映えしない深海の光景だ。
大小さまざまな岩,細かな砂,泥……。
降り立った場所と大して変わりはしない。

 ただそこでは,雰囲気,空気とでも言うべきものが,何か違う。
漠然とそんな気がしたのだ。
「どうかしたか?」
「何か……雰囲気が,空気が違う気がするんだ。うまく言えないが」
「空気といえば,早くしないと酸素がなくなるぞ。
作業時間が予想より長引いてる。浮上の時間を考えると限界に近い」
「了解。すぐに作業に戻る」
 疑念を振り払い,ペトロは作業に集中した。
(どうかしてるぜ……)
 この作業には,命がかかっている。カニング教授にとっては,
代わりのいる作業員の命より,貴重な測定データとスーツ本体の無
事が最優先だろうが,ペトロにとってはそういうわけにはいかない。
 今ここにいるのは自分だけで,半径1キロ以内に仲間はいない。
自分の命を守るのは自分だけであり,余計な感情を抱いている場合
ではないのだ。

 ドリルアームの先端を泥土のような海底面に触れさせ,
両手でしっかりと固定する。
(さあ,さっさと終わらせちまおう)
今まで何本もこなしてきたように,ただ機械的にスイッチを入れる。
それだけで終わるはずだった。
 しかし,スイッチを入れた瞬間,ペトロの視界が反転した。

 ペトロには,最初何が起きたのか分からなかった。
床が,海底がすさまじいスピードで動き,ペトロの体が浮き上がり,
天地が逆になった。
 続いて浮かび上がったペトロを払うかのように,丸太のような
何かがぶつかってきた。ペトロは自分の左腕に激痛を覚えながら,
聞きながら,右後方に吹き飛ばされた。
 吹き飛ばされる瞬間,ライトで照らされた丸太には,
コンパクト・ディスクほどもの大きさの吸盤があった。
「どうした? 計器が異常な値を示しているぞ。何があった?」
「ああ,畜生! あの男の言ってたことは本当だったぜ!」
「何だ? 何があったんだ?」
「主がいやがったんだよ! 『大きすぎるもの』がよ!
畜生。てめぇの言葉を信じたオレが馬鹿だったぜ」

 ペトロは,今や冷静な機械から,感情を持つ人間に戻っていた。
ライトを消して暗視装置に切り替え,全体像を眺める。
 そこには10本の触手を狂ったように振り回す,巨大な軟体動物
がいた。

 ペトロはもう悟っていた。彼が海底だと思った場所,彼がドリルを突き立てた場所,それは巨大なイカの触手だったのだ。
 深海底の泥のような堆積物に紛れて,それはあった。
知らずにその上に乗り,何も知らずに傷つけたペトロだが,今や
はっきりと一つのことを知っていた。それは相手が例えばカニング
教授のような話し合いが通じる相手ではなく,ただ動物的な本能,
つまり「やられたらやり返す」をモットーに生きているということ
だった。

 ペトロは動きの制限される水中において,可能な限りの速さで
近くの岩陰に隠れた。
 攻撃を受けた左腕が痛んだ。しかし,それどころではなかった。
「状況はどうなった? 応答しろ!」
「そう耳元でがなるんじゃねぇ! 状況は最悪だ!!」
 暗視装置で辺りを伺う。主は,まだ辺りにいるようだった。
「主の正体はクソでけぇイカだ! そいつがいやがったんだ!!」
「深海に巨大イカだと? 聞いたこともないぞ」
「実際に目の前にいるんだから仕方がないだろうが!」
 その時ペトロの頭上を,うなりを上げて何かが通過した。
「さらには侵入者を憎む気持ちでいっぱいだ。まぁ当然だけどな。
なにせオレはヤツの腕にドリルを突き立てたんだから」
「なんて馬鹿なことを! 早くそこから逃げるんだ!
バランサーを外して直ちに浮上しろ!!」
「さあ? すんなりと逃がしてくれるかねぇ。
目の前をゆらゆら昇っていくなんざ,ヤツには格好の的じゃねぇか」
「ならば戦え! ドリルだ! ドリルを使え!!」
ドリルアームはどっかにいっちまった。それに……」
 ペテロは疼き始めた左腕をしかめ面(カニング教授の専売特許だ)
をしながら見つめた。
「どうやら左腕をやっちまった。ドリルは持てそうにない」

 ペトロは自分の左腕を見つめた。スーツがベッコリと凹んでいる。
 このスーツは硬式であり,本来なら外側が凹んだからといって,
内部に特に問題は生じない。事実,ペトロの左腕は折れてはいない。
 しかし,このスーツが今までのスーツと違うのは,その外部に
触感センサーが付いているという点であった。
 巨大な触手の一撃を受けたセンサーは,その衝撃を正確に測定し,
その衝撃を忠実に内部の肉体にフィードバックした。
 その衝撃は,ペトロの左腕を粉砕こそしなかったが,神経を破壊
しつくした。
「教授よ。オレは今ほど触感センサーを恨んだことはないぜ。
左腕は折れちゃあいないが指一本動かせねぇ。ケツも拭けねぇよ」

 ペトロは手持ちの装備を確認した。武器になり得る物がないかと。
しかしそれは徒労だった。海洋探査局の誰もが,深海で巨大な敵に
遭遇する可能性を考えていなかった。
 水中銃のレベルならあるが,あの巨大な体にどこまで通用するか。
 それに振り回される触手をかいくぐって本体に接近しなければ
ならない。
(まだ月に行くほうが楽かもしれねぇぜ)
 ペテロは暗視装置を用いて岩陰から相手をそっと覗いてみた。
すると相手のビーチボールほどもある巨大な目もまた,
こちらを覗いており,ギョッとしたペテロは急いでまた隠れた。
(こっちを見てやがったのか? なんとも目の利く野郎だぜ)
 暗いくせに……。暗い?
 ペトロは道中に出会った深海魚のことを思い出した。
 光の届かぬ深海の生物,……それは逆に言えば,強い光に慣れて
いないということだ。むしろ,見たことがないだろう。
(近づくのはできるかもしれないな。しかし,武器が……)
 接近手段は思いついた。しかし,手持ちの武器がない。あるのは
水中銃と予備のニードルだけだ。

 後方のスピーカーからは,相変わらずカニングの悲鳴にも似た
声がひっきりなしに聞こえていた。
(うるせぇな。考えをまとめることもできやしない。
ここまでうるさいと,もはや武器だな)
 武器……。音……。

「おい,教授」
 ペトロは教授に話しかけた。随分久しぶりのような気分がした。
「早く浮上しろ! さっさと帰って来い!!」
「落ち着けよ教授。一つだけ教えろ。ニードルのことなんだが,
こいつは軍事兵器だと言ったな? 指向性は? 拡散は?」
「ああ? 何を言いだす? お前は帰ることだけを考えろ!」
「そのための質問だ。答えろよ」
「……指向性は高めてある。測定のためにな。出力は大きいが,
周囲への拡散は最小限度に抑えてある」
「了解だ。ああ,あと一つだけお願いがある」
「なんだ?」
「少し黙っていてくれ。イラつくんだ」
 その言葉を聞いた教授がまた騒ぎ始めたが,もうペトロの耳には
その言葉は入ってこなかった。
 集中。神経を研ぎ澄まし,自らがやることだけを考える。
それだけで,成功率が何倍にも跳ね上がる。
それは機械ではなく,人間の大いなる能力の一つだ。
 彼は集中した。左腕の痛みはいつしか気にならなくなった。
そして,その集中力が臨界点に達した時,岩陰から飛び出した。

 巨大イカ,その本体までおよそ10メートル。
この装備で泳ぎきるのに,おそらく10秒程度。
 幸い,飛び出した瞬間はイカの視界から外れていた。
そのまま4秒が経過した。
 その時イカが身をよじる。その視界にペトロの姿が入る。
残り5秒。
 イカが敵の姿に気づき,攻撃に入ろうと触手を伸ばし始めた瞬間,
ペトロはライトを点灯した。
 強烈な光がイカの網膜を直撃した。動きが止まる。
触手は的を外し,ランドセルにかすった。あと4秒。
(勝った!)
 そうペトロは確信した。あの光をもろに食らったのだ。
しばらくは目が見えまい。その間に,出力を最大にセットした
ニードルを食らわせて終わりだ。
「食らえ!」
 ペトロはそう叫びつつ,ニードルのスイッチを入れた。

針状の機械は激しく振動し,音の波紋が水中を伝わるのがはっきり
と見えた。そしてその波が敵を襲うのも。
 だが次の瞬間,達成感が溢れるペトロの肉体を,敵の太い触手が
捉えた。

(なぜ? なぜ死なない?)
 衝撃によって吹き飛びそうになったランドセルを,とっさに
右手で掴んだ。
 先ほど一撃を加えた触手はそのままペトロの下半身に巻きつき,
圧力を加えてきた。
センサーを通した圧迫感に,ペトロは思わずうめき声をあげた。
「なんだ? なにか攻撃を受けたのか?」
 集中力が途切れて戻った聴覚に,カニング教授の声が聞こえた。
「どうなってんだ? 食らわしてやったんだぜ?」
「食らわせて? 何をだ?」
「ニードルだよ。出力最大でぶち込んでやった。なぜ効かない?」
「バカなことを。イカに聴覚なんてない」
「クソッたれ! それを早く言えよ!!」
 既に敵の視力は奪っていた。だがそれは今や何の意味もなさない。
ペトロはすでに敵の手中なのだ。後は握りつぶすか,それとも……。
 ペトロを掴んだ腕がゆらゆらと向かう先には,おぞましく開いた
口があった。

(ああ,オレは死ぬんだな)
 そう思った。どの道,助かるすべはなかった。
 仮に噛み砕かれないとして,そしてこの触手の束縛から
逃れられたとして,圧迫されたスーツは今にも壊れそうだし,
壊れた場合,水圧に耐えられる道理もない。
 よしんば耐えられたとしても,千切れたランドセルからは酸素
供給が得られない以上,待っているのは酸欠による死だ。
(どのみち死ぬのなら。いっそのこと……)
 もう,その眼前にイカの口が迫っていた。ぎらついた大きな歯を
はっきりと観察することができるほどに。
 ペトロは最後の力を振り絞ってその口にランドセルを投げ込んだ。
黒い物体は敵の歯に当たり,獲物と勘違いしたイカは,ランドセル
を渾身の力で噛み砕いた。

 そして,それは爆発した。巨大な,爆発だった。

 酸素は,燃える。圧縮された酸素は,衝撃によって燃える。
だがそれだけだ。こんな大きな爆発は起きない。
 だが,ペトロには分かっていた。パックの仕組みが,その多大な
電力供給のからくりが,今ようやく理解できた。
(核電池,か)
 パックに仕込まれていたのは,ニードルと同様に核電池だった。
 酸素が燃える時に出す熱量。それが核融合の引き金になった。
制御を失った原子炉はメルトダウンを起こす。そして……。

 ペトロは浮かんでいた。海中を漂っていた。
彼の体は核爆発によって木の葉のように吹き飛ばされたが,
耐圧スーツはかろうじてその肉体を守っていた。
 だが,彼は悟っていた。自分はもはや助からないことを。
もう,地上には戻れないことを。
 爆発による放射線はペトロの肉体を貫き,体細胞を破壊した。
聴覚,触覚,その他の感覚を失い,ただ一つ残された視覚で彼は
ただ海中を眺めていた。
 どの道,こうなったのだ。核電池を多量に使用するということは,
常に放射線に曝されるということだ。
 しかし今のペトロにはカニング教授を恨む思いも,自分の人生に
関する後悔もなかった。ただ,海中を眺めていた。

 ライトが海中を照らしていた。深海底に落下したライトが,
残された補助電源によって,弱い光を海上に向けて発していた。
 その光は下からペトロを照らし,海中を照らした。
降りしきるマリンスノーを,漂う生物の死骸を,
爆発した海底の主の肉片を。
(綺麗だ。まるで……)
 まるで星のように,それらは光を反射して輝いた。
まるで宇宙にいるかのように,ペトロは重力から解放された空間を
漂っていた。
自分の夢が叶ったかのような錯覚とそれに伴う充足感を覚えながら,彼は静かに目を閉じた。




〈完〉
| 武器屋短編小説 | 01:33 | comments(1) | -

短編小説:『深海飛行士(上)』

『深海飛行士(上)』 作:イシイアキヒト


「状況はどうだ?」
 カニング教授の興味深そうな声が,頭部後方に備え付けられた
小型スピーカーから聞こえてきた。
「きわめて良好だね。まったく,ドえらいスーツだよコイツは」
 頭部前方に装着されたハロゲンライトの照らすマリンスノーを
眺めながら,ペトロはそう答えた。
「ライトを用いているようだが,暗視装置の具合はどうだ?
テストしてみてくれ」
「オーケー」
 ライトのスイッチを切り,暗視装置に切り替える。
熱によって対象を見る蛇のピット器官を応用したこの装置によって,まぶたの下に装着したコンタクトレンズ型のモニターに,
ぼんやりとしたマリンスノーの像が映し出された。
「見えることは見える。全体の状況を把握するならこっちかもな。
でも,限られた範囲だとライトの光のほうが鮮明に見える」
「なるほど。せっかくだからそちらのデータも収集しておこう。
よし,あまり海流に流されないようにするんだ。
我々が常に君の位置を捕捉し,データを収集できるようにな」
「はいはい。このスーツの開発費も馬鹿にならないことですしね」
 学者の性か,あくまで探求を第一とするカニング教授の言い草に,
ペトロは少し反発心を覚えた。

 実際,ペトロが潜行しているこの地点がオーストラリア大陸と
南極大陸のどっちに近いのかとか,七つの海の区分において,
太平洋,インド洋,南氷洋のどこに属するのだとかの詳しい地理は,
一介の作業員である彼には知らされていないし,彼自身,特に
知りたいとも思わなかった。
(いい気なもんだ。ヤツらはいつだってただ命令するだけ。
厄介ごとや危ない目に遭うのはいつもオレだ。
でもまぁ,いいや。オレは仕事をこなすだけさ)
 時として,感情や好奇心は作業の実行に支障をきたす。

 その点では,ある種冷静に物事を見つめられる彼の性格は,
任務遂行にうってつけと言えた。
 彼は冷ややかな笑みを浮かべながら,静かに潜っていった。

 ペトロは生まれた時からこんな冷めた性格だったのではないし,
むしろ昔のペテロは好奇心旺盛かつ感情豊かな人間だった。
 若き日のペトロには夢があった。宇宙飛行士として宇宙船に乗り,
いと高き空に舞い上がる。
船外作業の合間に,無重力空間に横たわって輝く星を眺める。
そんな子供っぽい,しかし壮大な夢だ。

 しかしある日,その夢は絶たれた。
数年に一度の時期宇宙飛行士の選出において,厳正なる選考
(あるいはある種のコネ)により,ペトロは空に行く機会を失った。
彼の年齢からして,次のチャンスはないに等しかった。
 彼は目の前が真っ暗になるのを感じた。それもそうだ。
今までの血を吐くような鍛錬,それに耐えてきたのは,
ひとえに彼に夢があったからだ。それが一瞬にして無駄になった。
 彼に残されたのは鍛えた肉体と,大気圏脱出時の多大な加速度に
耐えられる平衡感覚,詰め込まれた宇宙知識,そして情けばかりの
宇宙開発局事務員としての地位だった。

 彼は落胆した。ほどなくその落胆は憤慨へと変わった。
その感情変化を狙ったかのように,彼に他国のスパイが近づいた。
 宇宙開発における機密情報,それを漏らすだけで,
彼の退職までの数十年の賃金と,退職後の数年の年金よりはるかに
高額な謝礼が約束された。
 もし当時の彼が今の彼のように冷静であったなら,
その計画はうまくいっただろう。
多額の謝礼を受け取り,名を変え経歴を変え,落日沈むメキシコの
ビーチ辺りで気ままな隠遁生活を送っていたことだろう。
 しかし計画は実行前に発覚した。彼の態度に上司が不審を抱き,当局の捜査によって彼の裏切りが明るみに出た。
 その弾劾裁判の日に,
「彼は国家における財産です。こんなことで失われてはいけない」
 そう言って海洋探査局で引き取ることを申し出たのは,
今まさに海上の探査船でペトロ(および彼が持ち帰るデータ)
を監視している,カニング教授その人だった。

 しかし,最初はその心温まる処置に感涙さえこぼしたペトロも,
時が経ち,内情が分かってくるにつれて,今では驚くほど冷静に
この「かつての恩人」を見るようになってきた。
 表面的にはモラルだ倫理だと言ってはみても,世界に先んじて
最先端の何かを発見しようと思えば,そこには何らかの犠牲は
必要だ。人体実験しかり,スパイ活動しかり。
 そして海洋探査局としては,そういった非合法な実験に躊躇なく
手を染められる人材が必要だった。ある種の弱みを握って。
 そうして集められたのがカニング教授であり,ペトロだったのだ。

「着底。これより探索に入る」
 海底に足をつけた瞬間,堆積した微生物の死骸が舞い上がり
視界を遮ったが,一瞬の後にまたもとの風景に戻った。
 水深1200m。生身の人間なら一瞬でペチャンコになる水圧が
かかっているが,海洋探査局特製のスーツはその圧力をものとも
しない。
(さすが,教授が自慢するだけはあるな)
 耐圧性能もさることながら,このスーツには他にも画期的な技術
が用いられていた。
 深海では,その圧力によって動作が極端に緩慢になる。
それを解消するため,機械によって動作を補助するシステムが内蔵
されていた。ちょうど車のパワーステアリングと同じ感じだ。
 また,厚い布地に覆われて鈍くならざるを得ない触覚を向上
させるため,スーツ各所にセンサーが設置され,それが神経系に
接続された電極を通じて,内部の肉体にダイレクトに伝わるように
なっていた。
 実際,ペトロはあたかも地上にいるのと同様に動くことができた。
 一歩進むごとに足の裏からは海底の泥土のような感触が伝わり,
降りしきるマリンスノーはまるで火山灰のようだった。

 しかし,このスーツはまだ試作品であり,実務経験はない。
 深海と同程度の水圧をかけた特殊な水槽で,数回のテストをして
はいるが,練習と本番は違う。ましてやここは深海。

宇宙と同じく未知の世界だ。何が起こるか分からない。
 そこで,実地テストと称して今回の潜行が行われているのだ。
 もちろん,それは表向きの理由で,深海に眠る貴重な鉱物資源,
レア・マテリアルの調査が本当の理由だ。
 そうでなければ本国から遠く離れた海で,莫大な費用をかけた
ダイビングなど,誰が好んでするというのだろう?
『全ての国家事業は,費用以上の利益を求められている』
 それが局においてペトロが学んだ教訓だった。

「忠告しておきますが」
 深海底を歩きゆくペトロの脳裏に,若い科学者の顔が浮かんだ。
国家間の交渉,領海侵犯だかなんだかの問題をクリアーするために,
近隣の国々にご挨拶に行った時の,他国の担当者の顔だ。
「我々が自国の近海,手を伸ばせば届く位置にある海をこれまで
本格的に調査しなかった理由が,技術力不足だとは思わんことです」
 カニング教授の愛想笑い(いつもしかめ面をしているこの人に,
愛想笑いができるのがペトロには意外ではあったが)が曇った。
「あそこには,主がいます。原住民の神話に『大きすぎるもの』と
いう名で出てくる主がね」

 せいぜいご用心くださいよ。あくまで丁寧な態度を崩さずに
放たれた,彼の別れの言葉が思い出された。
 もちろん,帰船して愛想笑いから元のしかめ面に戻った教授は,
「負け犬の遠吠えだ」と一笑に付した。
 しかし,実際に深海に潜って作業するペテロには,非科学的とも
言えるその言葉が少し気にかかった。
「リスク軽減のために知っておきたいのだが,実際どうなんだ?」
「ない。そんな生物がいた例など,古今東西のどこにもない」
 それは,いかにもデータを重要視する科学者らしい考え方では
あったが,事実のみを信じるペトロに十二分な安心感を与えた。

「『ニードル』を所定のポイントに埋め込むんだ。
くれぐれも慎重に,場所を間違えるんじゃないぞ」
 物思いにふけっていたペトロは,教授のヒステリックな金切り声
によって現実に戻された。
(スピーカーのオンオフ機能がないのがこのスーツの問題点だな)

 そのうるささに少しうんざりしつつも腰に装着していた,太い針状の機械を取り外した。
 『ニードル』それは,平たく言えばソナーである。
しかし,その出力は通常の調査船等で用いられるそれとは桁が違う。
 元はメガスクリーマーと呼ばれる軍事用の武器で,海洋探査局が
小型化(とは言っても,成人男性の肘から先ほどの大きさはある)
に成功し,世間にはその成功を伏せたまま調査に使用している。
 秘密裏であるのはもちろん表に出せない理由がある。それ自体,
大量の電力を必要とするもので,小型化において一番のネックは
電源の確保であった。
 小さくて,出力の大きいエネルギー源。現在の人類の技術でそれ
を満たすものは核しか存在しなかった。
小型核融合燃料電池,通称・核電池と呼ばれるものだ。
 この規模のものは,宇宙開発においては使われることはあるが,
生態系への放射線の影響を考慮し,地球上では使わないことが
技術者の間での暗黙のルールになっていた。
「しかし,誰が深海の環境保護を訴えるというのかね?」
 カニング教授は幹部会でそう発言し,その意見に皆が納得した。
 最先端技術を獲得するには,常に何らかの犠牲は必要なのだ。
その犠牲が人類か,その他の生物であるかの違いだ。

 ペトロは,肩にかけるようにして持っていたドリルアーム
苦心しながら前方に回し,両手でしっかりと固定した。
 かなりの騒音と振動の後に深海底に穴が開き,
次にその穴にニードルを深く差し込んだ。
「設置した。ダイヤルは3でいいのか?」
「ああ,むしろ触らずにいてくれ。
遠隔操作が正常に機能しているようなのでな」
 遠隔操作が万一失敗に終わった時の用心に,ニードルには
出力調整ダイヤルがついていた。誰も行ったことのない深海では,
不測の事態に備えて何重もの用意が必要なのだ。

 スーツに酸素と動力を供給しているのは,
あたかもランドセルのように背面に背負った黒いパックだった。
その形状から,『ランドセル』とあだ名されている。
 もちろん,念のためにスーツ自体にも非常用の蓄電機能と
小型の酸素ボンベはついているし,ライトなどの装備にも補助電源
は完備されている。
だが,移動,作業,その他の活動を行う為の,主たる電力および
酸素の供給機能は,その黒いパックが担っていた。
 しかしペトロ自身は,その内部構造は知らない。
 かつて宇宙飛行士を目指していた男として,彼はある程度の
科学的知識は有している。有してはいるが,教授に聞いたところで自分にはけっして理解できないだろうという自信があった。
 なにせ,これもまたまだ日の目を見ていない最先端技術なのだ。
一介のオペレーターに理解できるはずがない。そう思っていた。

 ペトロはもくもくと作業をこなした。深海の生き物,苛酷な環境
に適応するために,醜悪な姿に進化した魚たち。
 ライトに照らされたそれらを突然に目の当たりにしても,眉一つ
動かさない。むしろ,眩しい光を浴びせられた深海魚のほうが,
当惑して逃げ出す。そんな有様だった。
 彼は良く言えば不動の精神力,悪く言えば無機質な感情を持って,
淡々と作業をこなした。

〈上・完〉
| 武器屋短編小説 | 02:51 | comments(2) | -

短編小説:『蛾』


「蛾」:イシイアキヒト

 直也が初めてその異変に気づいたのは,正規の手続きを介すことなく
輸入した漢方薬の苗木を手入れしている時だった。
「最近,蛾が多いな」
 ふとそう呟いてから,手馴れた様子でプランターに規則正しく
植え替えられた苗木の世話をする。
 日中,日のあたる場所に出しておいたその植物は,
夕暮れ時の赤い光の中で,それでも緑を主張していた。
(もう少し大きくなったら,押入れではなく
クローゼットに移さなければならないな)
 彼は満足そうに苗木を見渡した後でそう思案しながら,
押入れのサイズに合わせて自分で改良したプランターを,
これまた自らの手で改造した押入れに押し戻した。

 もし山本直也が数年前に原因不明の病気に罹らなかったら,
彼はきっと薬剤師として順風満帆な生活を送っていただろう。
 あるいは順調に出世して同業者かお得意先の女医と結ばれ,
幸せな家庭の一つも築けていたかもしれない。
 いずれにせよ,現在のように小汚いアパートの一室で
モグリの薬剤師の真似事をしていなかったことだけは確かだ。

 彼が患った(そして現在も患っている)病気は,
現代医学でも全くお手上げのものだった。
 直ちに命の危険がというものではないが,突然体がだるくなり,
動作が極端に鈍くなると共に急激な眠気が襲う病気だった。
 休日に家にいる分には支障はないが,薬局で神経をすり減らす
調合をしている間,その症状が出るとどうしようもない。
 もちろん彼はすぐに病院の門を叩いた。何軒も,何軒も。
 ある医者は「遺伝子の異常ですな。これは詳しく検査しませんと」
と言い,目を輝かして直也を病院でのモルモットにしようとした。
 またある医者は「精神疾患のようです。悩み事はありませんか?」
と言い,しきりに外国産の高い薬を飲ませようとした。
 彼らの診断はどれも異なっていたが,ただ一つの共通点は
「確固とした治療法を持っていない」という事実だった。

 直也は絶望した。こんな病気に罹ってしまった自らの運命にもだが,
自らが携わった医療の世界が,医学の力がこんなにも弱いという事実に
深く絶望した。
 そして直也は,勤務していた薬局を辞めた。
同僚には「田舎に帰る」と言い残して。

 しかし彼が引っ越したのは郷里ではなく,空港に近いある地方都市の,
今にも倒壊しそうなボロい学生アパートだった。
 そして彼は始めたのだ。
自らの口を糊するモグリの仕事と,自らの病を治す薬の研究を。

「うん,やっぱり多い。前より多くなってるみたいだ」
 直也はそうひとりごち,神経質に眉をひそめた。
(どうせ隣の大学生が何か作っているんだろう)
 病気をしてから社交的でなくなった直也は,
そのせいで近所の人とあまり交流はなかったが,
隣の部屋の学生とは何度か顔を合わせたことがある。
 病人である直也より青白い顔をしたその学生は,
病人を何人も見てきた直也の予想ではヤク中だと思われた。
 その種の友人を招いて一晩中騒いでいることもあったし,
誰も来ていないであろう時でさえ,薄い壁の向こうから
奇声が聞こえてくるのは珍しくはなかった。
(おそらくは自分で何か栽培しているんだろう。
貧乏学生の考え付きそうなこった)
 迷惑な話だと直也は思った。そのせいで変な虫は増えるわ,
こちらが警察に挙げられる危険性も増す。
 自らの行いを棚に上げ,彼は隣人を疎ましく思った。

 その時仕掛けておいたタイマーが鳴った。仕事の時間だ。
 彼はきびきびした動作でパソコンの前の椅子に腰掛け,
メールで顧客から注文された薬の種類と量をチェックした。
 これから調合をし,夕飯を食べ,風呂に入って10時に寝る。
9時以降はミネラルウォーター以外何も口にせず,朝6時に起きる。
起きたら植物に水をやり(これもミネラルウォーターだ),
必要な試薬をネット注文し,どこかに掘り出し物の薬がないか調べる。
 直也は毎日判で押したように同じ生活を続けていた。

規則正しい生活,それが彼の信条だった。
少なくとも病に犯されてからは。

 それから1週間が経った。
 世の中は何の変哲もなかったが,直也の生活は変わった。
生活? いや,正確には直也を取り巻く環境が,だ。
(これは,異常だろう……)
 そう思わざるを得ない光景だった。
窓が開けられないのだ。
 物理的にはもちろん窓は開く。
どこかが故障したというわけではない。
 ただ,窓を開けると何処からともなく蛾が進入してくるのだ。
そのペースが尋常ではない。まるでジャングルにいるかのように,
ひっきりなしに入ってくる。
 このままでは植物に十分な空気が行き当たらない。
せっかく10日前に手に入れた新しい植物が枯れてしまう。
密輸につきもののずさんな梱包で,内部についていた虫を
先日やっとの思いで駆除したというのに……。

(枯らせることはできない)
 それが直也の結論だった。このままでは早晩,大枚をはたいた
東南アジア原産の貴重な植物が駄目になってしまう。
それを避けるには,今ここで原因をつきとめなければならない。
 直也は意を決して窓を開けた。窓を開け,蛾が飛来する元を探す。
 しかしそれは,案外すぐに見つかった。
蛾は,隣人宅の窓から来ていた。
 窓? たしかにそこには窓があったはずだ。
しかしその位置にあるのは,いや,その位置でうごめいているのは,
何十,何百という蛾の大群だった。

 直也はすぐさま窓を閉め,自らの部屋の玄関に向かった。
 靴を履くのももどかしく,サンダルを引っ掛けて隣の部屋に向かう。
 荒々しく呼び鈴を鳴らす……応答がない。
(寝ているのか?)
 再び呼び鈴を鳴らす。今度は何度か連続で。
ドアを叩いて呼びかけすらした。

 しかし中からは何の返事もない。それどころか,誰かがいる気配もないのだ。
 留守ではない。この安アパートの壁は薄いのだ。
誰かがドアを開ければその音が響くし,ましてやすぐ隣の部屋だ。
神経質な直也が気づかないはずがない。
 隣人は,部屋から出ていない。

(まさか?)
 そこで直也ははたと思い当たった。
 ここ数日,隣の部屋から奇声が聞こえることはなかった。
奇声どころか,普通の生活音すら聞こえた気配はない。
 つまりは……。

 トラブルを嫌う直也ではあったが,彼はすぐに警察に通報した。
通報した後で冷静になった直也がまずやったことは,
部屋に散らばっている違法な植物と薬品の隠蔽だった。

「じゃあ,隣の人は亡くなったんですか?」
「残念ですが,そうです」
 聞き込みに来た刑事の言葉は,直也の想像の枠内ではあったが,
それでも直也に衝撃をもたらした。
「もしかして,あの蛾ですか?」
「ええ,どうやらそのようです。いわゆる毒蛾と呼ばれる種類でして,
それで命を落とされたようですね。
 大量発生していたのは亡骸を養分として……
おっと,こんな話はやめておきましょう」
「そんな昆虫がなぜ?」
「個人の名誉のためにあまりこういうのは言いたくないんですが,
どうやら彼は麻薬を栽培していたらしく,
密輸入したその苗に,卵がついていたようです」
「たかが蛾で……」
「私もそう思いました。しかし捜査にあたった者の中に,
そっち方面の話に詳しいのがいましてね。
そんなに珍しいことじゃないらしいんです。
昔の日本や中国じゃあ,毒蜘蛛が暗殺に使われてたそうです」
 また何か気づいたことがあればお知らせください。
お決まりの刑事の別れの言葉を聞き,再び部屋に一人きりになって,
直也は自分が心から恐ろしがっていることに気づいた。
 隣人の死を悼んでいるのではなかった。
むしろその点については,うるさい人間がいなくなったことを
喜んでさえいた。
 直也が戦慄したのは,虫によって人が死ぬという事実だった。
 虫については,植物保護の観点から気を揉んではいた。
気を揉んでいたからこそ,先日入手した植物についても,
何度も虫を払って外に捨てた。
 だが,ここ数日見かけた毒蛾,それの駆除は完全とは言えない。
(クソッ! 死んでまで迷惑をかけやがるのか)
 直也は忌々しい気持ちになりながら,駆除の準備を始めた。
 数時間後,神経質な直也が完全だと思えるほど綿密な駆除を終え,
彼は疲れた体を横たえた。そして今日も定時に眠った。

「結論から言うと,ガイシャは蛾にやられたんじゃありませんね」
「なぜだ?」
 数時間前,直也に事情聴取を行った刑事は,
今度は病院で,解剖を終えたばかりの検察医に尋ねた。
「まず,死因は毒じゃない。麻薬の多量摂取が原因ですな。
どうやら死体を養分にして,そこで初めて蛾が繁殖したようです」
「しかし,その蛾はどこから来たんだ?
もしあの部屋の植物に付着してきたなら,そこで刺されたとか……」
「それがですね,あの部屋にあった植物は全て南米産です。
例の蛾は,東南アジアにしか生息しないんですよ」
「しかし……」
 あくまで他の可能性を探そうとする刑事の姿勢は,
見る者にとっては好ましく映ったかもしれない。
 しかしいかにも科学者然とした白衣の検察医は,
そんな彼にとどめの台詞を放った。
「それに,毒を持った蛾の成虫なぞいません。
毒を持っているのは幼虫のみです」

 その頃,直也の部屋では,害虫駆除という予想外の労働に,
精神的にも肉体的にも疲れ果てた直也が眠っていた。
 規則正しく息を立てて,常日頃ないほどの深い眠りについていた。
 そんな直也の体内で,今,新しい生命が孵化しようとしていた。
 本来もっと早く孵るはずだった卵……。
実際,彼の手によって早々に戸外に捨てられた卵は
とっくの昔に孵化していた。孵化し,近くで肥沃な養分を見つけた。
 そしてある卵は直也の手に付着し,水道に流されたが,
それでも流れなかった卵は手を介してミネラルウォーターに付着した。
 そして最終的に今の場所,温かくうごめく動物の内部に到着した。
 唯一つの誤算は,体内に存在していた病原菌だった。
それが,孵化時期に予期せぬ変化をもたらした。
 だが遂に,待ちに待った瞬間が来た。
体内の何十,何百という卵から,まだ小さな毛虫がはいずり出て行く。
 初めて見る外の世界。それに戸惑いながらも,
小さな毒虫たちはそこかしこにその柔らかい毒針を突き立てた。



「蛾」:完

| 武器屋短編小説 | 00:51 | comments(5) | -

短編小説:『水槽』


「水槽」

 その店には水槽があった。

 水槽のあるような料理屋に、まだ高校生の光男が入っていくのは、
その店をよく知らない人にはある種異様な光景に見えたが、
一度でも昼にその店を訪れた人なら、別段違和感は覚えないだろう。

その料理屋は、夜こそ大人相手の割烹料理の店にはなるが、
昼のランチセットは高校生でも十分利用できる値段だったし、
他の高校生や浪人生も若干ながら利用していた。

 光男は、その店の常連だった。目立たない常連だった。

 光男は、いわゆる登校拒否だった。登校拒否だが、
家に引きこもれるほど甘やかされてはいなかった。
甘やかされてもいなかったが、面倒をみてくれてもいなかった。

 彼は毎朝規則正しく家を出る。しかし行き先は学校ではなかった。
リストラされたサラリーマンのように行き場なく街をうろつき、
公園で昼寝をし、昼食時にその店に行く。
長い時間をかけて日替わり定食を食べ、
店を出た後は図書館に行くか公園に戻る。そんな毎日だ。

 学校は「欠席」になるわけだが、担任はおろか、
学校内の誰も家庭に連絡はしなかった。光男の通う進学校は、
生徒一人ひとりにそこまで世話をするほど優しい学校ではなかった。

 生徒だって、基本的には学友にいちいち干渉するほどヒマではない。
興味を持つのは成績。学内での自分の頭脳の位置。それだけだった。

 成績によってクラス内生徒の入れ替えなど頻繁に起こった。
それは学期途中でも容赦なく行われた。環境は成績によって決まるのだ。

 ただ、その中でもある程度の期間同じクラスになる生徒はいる。
そしてその中でさらに、他人に興味を持っている例外的生徒が光男を
いじめた。それは狡猾にして巧妙だった。当事者以外、
誰もいじめの事実に気づかなかったし、
ともすれば当事者でさえ気づいていないかも知れなかった。
そして当事者以外はそんなことに興味はないようだった。
いじめがあろうとなかろうと、自分には全く関係ない。
そういうスタンスだった。

 つまりは、光男は見捨てられていた。学校から、
クラスメートから、家族から。

 光男は、水槽を見ていた。光男のお気に入りの席は
目立たないテーブル席だった。その店にはカウンター席はなく
、テーブル席もしくは座敷で、しかも夜の会談に使えるよう各席が
適度に目隠しされていた。光男は、その中でも最も目立たない席を好んだ。


 その席からは水槽がよく見えた。
それはおそらくは生け簀で、そこで優雅に泳いでいる魚は、
今後の自分の運命を全く知らないように見えた。

 つまりは、明日か明後日かに板前の振るう青龍刀のような包丁で、生きながら3枚におろされるという運命を、だ。
(魚は、いいよなぁ……)


光男は料理が運ばれてくるまでの間、飽くこともなく水槽を眺めていた。ある種の羨望を持って。来る日も来る日も。


しかし毎日観察しているうちに、光男はあることに気づいた。その狭い水槽の中でも、確実に上下関係は存在しているのだ。様々な種類の魚。
種族の違いもあり、個体差もある。その魚達の間にヒエラルキーは存在し、
いじめる側もいじめられる側もいる。
いじめられた魚は、なるべくいじめられぬよう水槽の底にへばりつき、
目立たぬようにしている。
 そう、まるで光男のように。

 光男はそれに気づいてから、
なんとかしてそのいじめられている魚を助けられないかと思った。


 ある日光男はもうすっかり顔なじみとなった店員に言った。

「あの魚、元気がないんですけど、どうかしたんですか?」

「ああ、あれかい。いじめられてるんだね。そういうのはあるさ」

「なんとかならないんですか?」

「そうなぁ。どっちにせよそのうち料理されるからなぁ。
さしてなんとかしようとは思わないよ」

「別の水槽に移すとか……」

「まぁ、本人次第だよねぇ」


 魚のことを「本人」って言うのはおかしいかな。そう付け加えて店員は笑った。光男は笑う気分ではなかった。

 もしかしたらそれは店員の気まぐれだったのかもしれない。
そっけない態度をとったものの、本当は心を痛めていたのかもしれない。

 光男がトイレに行って帰ってくると、その水槽から魚が一匹消えていた。
水槽におけるヒエラルキーの頂点であった魚、いじめる側の主犯格だった。
料理されたのかと思ったが、よく見ると、隣の水槽で優雅に泳いでいた。

 しかし優雅だったのは初めの数分だった。その魚は、
新参者の常か他の魚にちょっかいを出されていた。
今まで自分がやってきたことをされていた。

そして、優雅な泳ぎはなりを潜め、次第に水槽の下に移動していった。

 次の日に光男がその店に行くと、例の魚は水槽の底で
へばりついたように動かなかった。
一方、前の水槽ではいじめなどなかったかのように、
全ての魚が仲良く泳いでいた。それは対照的な光景だった。

 光男は次の日もその水槽の様子を観察したかったが、
それはできなかった。その日欠席の長期化を心配した
(おそらくは自らの保身だが)担任が家庭に連絡し、
両親からこってりと絞られたからだ。


 光男は、明日からまともに登校することを約束し、
気が進まなかったもののその約束を守った。



 自分の属する教室に入る時、光男は嫌な汗がわきの下を流れるのを感じた。
教室の前で少しの間立ち止まっていたが、
生来の責任感が光男の背を押した。

 しかし教室に入った光男を見たクラスメートの反応は、
光男の想像の埒外だった。

「どうしたんだよ? 長いこと休んで?」

 光男が席に着くなり、
今まで事務的なことしか話したことのない隣の席の男が声をかけてきた。

「ちょっと病気で……」

(何の気まぐれだよ。どうせいじめた奴等に頼まれて、様子を探ってんだろ)

 光男はそう思いながら相手の顔を見た。好奇の視線を予測しながら。
しかしそこには予想とは裏腹に、
本当に心配しているようなクラスメートの顔があった。

「本当かよ? お前、山崎とかにいじめられてただろ?心配してたんだぜ」

「あ、ありがとう」

 光男はさらに驚きながら返事をした。このクラスで他人に興味を持ち、
なおかつ自分を心配してくれる生徒がいることが驚きだった。

「でもまぁ、もう大丈夫じゃないか? 山崎は5組に行ったからさ」

「え、そうなの?」

「ああ。んで、なかなか苦労してるらしいぜ。いじめられてるっぽいんだ」


 狐につままれたような気分だった。あの山崎が……?


「失礼します」

 薄暗い放課後の校長室に入ってきたのは、光男の担任だった。

「例の処置、完了しました。対象CはAと接触。
今後良好な関係を築いていくと思います」


「分かった」

 恰幅のよい校長はディスプレイから目も上げずに答えた。

「そして対象Bは別クラスで順調に消耗しています。
Aと同じ段階を経てDと接触させようと思います」

「了解。ご苦労だったね」


 そう言って、何事かをキーボードに打ち込み、
ポンっとエンターボタンを押した。


「ところで、その次の対象は決まっているのかね?」


「そうですね、この子なんかどうかと」


「ふむ……いいんじゃないか。では準備をよろしく頼むよ」


「分かりました。しかしこのシステムをとってから楽になりましたよ」


「そうだろう? 彼らの階級をこちらが与えてやること、
人間関係を操作してやること、そしてそれを対象に悟られないこと。
それが管理の基本だよ」



「勉強になります」






水槽:完
| 武器屋短編小説 | 02:37 | comments(2) | -

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