2008.11.07 Friday
短編小説:『取材(下)』
『取材(下)』作:イシイアキヒト
「じゃあ最後の話題に移ろうか。
今までに印象に残っている客とかいるかな?」
既に二時間ほどの時間が経ち、インタビューも終わりに近づいた。
様々な女性経験をレコーダーに納め、途中テープ交換に伴う小休止
(ついでに私が酒を買ってきた。もちろん私のお金で)すら
挟んでいた。
酒のせいか時間の経過のせいか、彼らの警戒心は次第に
緩んでいった。勤務先の店に対する不満や、その店の暗部
(下手したら警察沙汰だ)をも自ら進んで話し始めるほどに。
これだけでも大収穫ではあったが、私には、まだ最後の重要な事柄
を聞きだす役目が残っていた。
「おっさん、もういいんじゃねぇか? オレら疲れたよ」
「酒とかも十分飲んだしな。
これ以上話すんなら酒以上のモンをくれよ」
「と、言うと?」
「葉っぱ、持ってねぇの?」
「お、おい……」
ケンジの不用意な発言をリョウが慌ててたしなめる。
葉っぱ、いわゆる大麻のことだ。彼らは日常的ではないにせよ
大麻を服用しているらしい。それはこれまでのインタビューの
端々からも伺い知れた。
「残念ながら今はないなぁ。数日待ってくれれば都合できるんだが」
「マジで? おっさんそんなルートあんの?」
「ああ。こういう仕事をしていると、そっち方面にも知り合いが
できるんだよ。ブローカーとかヤクザとかね。
……そうだな、今はないが一週間後には渡せると思う」
「おっしゃ! 約束だぜおっさん。さあ、何でも聞いてくれや」
それを聞いて俄然元気を取り戻したケンジが、椅子にきちんと
座りなおした。実に単純な奴だ。
「最後に聞くのは嫌な客の話さ。
でも君らも疲れているっぽいから手短に聞きたいな。
……そうだ、君たち電車の中で何か話していただろう?」
「どの話だよ?」
「ほら、あのアマウザいとか何とか……」
「ああ、あれか。最近の話だな」
「それを詳しく聞かせてくれよ」
「そいつは、初めは誰かに連れられて来たんだっけな」
「それで、こいつに一目ぼれしたんだよ。
こんなヤツのどこがいいんだかな」
リョウがケンジを指差す。
「それで?」
「そんで、店が終わった後こいつが送っていって
……すぐにヤったんだっけ?」
「ああ、ちょろいもんよ」
ケンジが自慢げに答える。
「オレのテクで虜にしてやったぜ」
「その子は、君の好みのタイプだったのかい?」
「んなワケねぇじゃん。すっげぇ不細工なんだから」
「ああ、マジでこんな女がいるなんて信じられないぐらい
不細工だったな。体つきは良かったけど」
「じゃあ、なんで?」
「なんか、金払いがいいんだよ。ゴールドだかプラチナだか、
そんなカード持っててさ。それから何度も店に来て
金は落としていくし、オレがせがめば何でも貢いでくれたぜ」
「呼び出したらすぐに来たしな」
「体つきは良かったよな? お前も知ってんだろ?
一緒にヤった仲じゃねぇか」
「そんなこともあったかな?」
とぼけやがって、とケンジがリョウを小突く。
「じゃあ、付き合ってはいないんだね?」
「ああ、好きでも何でもねぇよ。ただの金づるだ」
「それに性欲処理、だろ」
「その子は付き合っているって気持ちじゃなかったのかな?」
「はぁ? あぁ、でもそうかもしんねぇな。
『一緒に写ってる写真が欲しい』とか言われて、
寝てる時に勝手に一緒の写真撮られたし」
「何それ。マジうぜぇじゃん」
この話はリョウも知らなかったらしく、
少し驚いたような表情をした。
「もちろん気づいてソッコー消去させたよ。
マジむかついたから歯ぁ折れるまで殴ってやった」
「そしたらその子はどうしたのかな?」
「いやー、なんか謝ってた。でも許さなかったけどね。
『慰謝料として百万持って来い』っつったら
すぐ振り込んできたから許したけど」
「それって、慰謝料払うのお前じゃね?」
「あー? つーか気分悪いのこっちだし。当然じゃね?」
そこで二人は下卑た笑い声を上げた。
「今もまだその子と続いてるの?」
「いや、なんかうっとうしくなってきたからさ。
最後にデートして、カードで限度いっぱいまで買い物してから、
後輩たちのたまり場に置いてきた」
「後輩って例のヤツ等だろ? ひでぇな」
「どんなヤツ等なの?」
「まぁ、やんちゃなヤツ等だよ。
泣き叫ぶ女とヤるのが好きだっつってたな。
腕ぐらい折られてんじゃね?」
「ビデオに撮られてんのは間違いないな」
なかなか気が滅入る話だ。私は一つ伸びをしてから質問を続けた。
「それからは?」
「さすがにパッタリと来なくなったなぁ。連絡も取れないし」
「自殺してたりしてな」
「まぁそっちのほうが厄介払いができていいよ」
「もし死んでいたとして、罪悪感は感じないの?」
「さぁ? 死んだのはあっちの勝手だから知らねぇよ」
「それに、そんなの感じてたらキリないしなぁ」
「オッケー、ありがとう。これでインタビューは終了だ」
私はレコーダーのスイッチを切り、彼等は一様に背伸びをした。
もう空が白んできていた。
「長い時間ありがとう。いい取材ができたよ」
「それよりもおっさん、謝礼忘れんなよ。こんだけ長い時間
かかったんだから、初めに言った倍ぐらいよこせよ」
別れの挨拶をして帰る際、玄関口でリョウが
抜け目なく要求してきた。
「私はヒラだからどうなるか分からないけど、上には言ってみるよ。
口座はこれでいいんだっけ?」
私はインタビュー後に書いてもらった口座番号を見せた。
「ああ、それでいいよ」
「おっさん。もう一つの謝礼も忘れんなよな」
ケンジが念を押すように言う。
「ああ、分かってる。話を通しておくから、
さっき渡したメモに書いてある倉庫に来週行ってくれ。
何かあったら電話をくれればいい。携帯番号はさっき教えたろ?」
素直に頷く彼らの姿を尻目に、私はマンションのドアを閉めた。
さすがに体は疲れている。この歳で徹夜は辛い。
だが、休んでいる暇はなかった。やるべきことがたくさんある。
私は手を上げてタクシーを停め、それに乗り込んで社に向かった。
それから一週間が経った。
私は、迫り来る雑誌のスケジュールに追われていた。
携帯電話もひっきりなしに鳴るし、メールもひっきりなしに来る。
とある重要なメールを確認した直後、携帯にこの日何度目かの
着信があった。しかしその着信音は通常着信音ではなかった。
私は目の色を変えて電話を取った。なぜならそれは
今日一番待ち望んでいた電話だったから。
「あぁ、うん。そうか、確保したか」
席を立ち移動しながら話を続ける。
あまり人に聞かれたい話ではなかった。
「それで? なるほど、私と話したいと。いいよ、代わってくれ」
電話口の向こうで人の入れ替わる気配がし、
続いて怒鳴るような声が私の耳に飛び込んできた。
「てめぇ、騙しやがって! なんだよこいつらは!?」
先日と変わらぬ乱暴なケンジの声。
だがしかし、今日はその威勢の良さが陰り気味だ。無理もない。
大麻を受け取りにのこのこ倉庫に足を運んだら、
いきなり屈強な男達に捕らえられたのだから。
「ああ、彼らはいわゆるヤクザだ。言わなかったかい?
『知り合いがいる』ってね」
「ヤクザにオレを捕まえさせてどうすんだよ?
オレが何かしたのかよ?」
「そうだな。君が直接私に何かしたというわけではないよ。
被害をこうむったのは、私の娘なんだからね」
「だ、誰だよそれは? おっさんの娘なんて知らねぇぞ?」
「いや、よく知っているはずだよ。
電車の中でも『あのアマ』と話題に上るぐらいなんだから。
苦労したよ。親のクレジットカードを使って散々ホストに貢いだ
挙句、そのホストに裏切られて捨てられ、精神を病んで
服毒自殺した娘の仇を探すのは」
「な、何のことだよ? 人違いじゃねぇのか?」
「いや、君たちから詳しい話も聞いたし、君の背中のタトゥーも
娘の言葉通りだ。背中に彫っているのは孫悟空だろ?
肩口から如意棒が見えていたよ」
「人違いだって。おっさんの苗字は井出だろ?
オレ、井出なんて女は知らねぇもん」
私はため息を一つついて言葉を続けた。
「本当に君は世間を知らないな。
取材によって名刺を使い分けることは、この業界じゃ当たり前さ。
それに君のような、人にたかることしか考えていないクズに、
私が本当の名前を教えるわけがないだろう」
「ち、違うよ。オレじゃねぇ。オレは殺してなんかいねぇ。
あの女が勝手に死んだんじゃねぇか」
「もちろんそうだ。君は直接手を下したんじゃない。
だけど、このままでは気が晴れない親心も分かってもらえるかね?」
「わかんねぇよ! 逆恨みじゃねぇかよ!」
ケンジが声を荒げた直後、鈍い音と低いうめき声がした。
ヤクザのうちの誰かが、まだ立場がよく分かっていないケンジに
折檻したのだろう。
いい仕事をしてくれる。私はほくそ笑みながら話を続けた。
「正直、私も迷ったさ。だから君たちに取材をしたんだ。
少しでも反省していたり、罪悪感があったりしたら許そうと。
でも君たちに反省の色はなかった。そこで私はこう思ったんだよ。
『君たちを処分することは私の娘の安息のためだけじゃない。
世のためなんだ』ってね」
「……クソ野郎。今に見てろよ。
そのうちリョウがなんかおかしいってことに気づいてくれるさ。
そんでオレらの店長に話通してくれんだ。
次にやられるのはお前だぜ」
「リョウ君の身柄も確保したと、ついさっきメールが入っていたよ。
それと、君らの店、おそらく今日当たり警察に挙げられることに
なっているよ。ついでに君たちの悪事も店長にばらしたんだけど、
店長はそれどころじゃないみたいだったねぇ」
「オレらをどうする気だよ」
次第に初めの元気がなくなってきた。それでは困る。
張り合いがない。
「心配しなくても、私が行くまではそう手荒なことはしないように
伝えてある。でないと私の気が晴れないだろう?
そして私が着いた後は、私の手で、君が私の娘にしたことを
全部お返しするつもりでいるがね」
相手が絶望とも諦めともつかぬうめき声を上げるのを聞いて、
私は満足した面持ちで電話を切った。と、そこに一人の男が
声をかけてきた。
「編集長。次号の発送が無事に終わりました。
しかしあのホストの記事を差し込むのには苦労しましたよ。
印刷所の親父が渋りやがって……」
「ああ、ありがとう。迷惑をかけたね」
「まぁ、弱み握ってますからちょいと脅せばすぐでしたがね。
ところで、何かいいことでもあったんですか?
やけに嬉しそうな顔をしてるじゃないですか?」
「いやなに、今から憎い相手を思う存分いたぶれるんだよ」
「それは楽しそうですね」
「井出、お前も行くか?
奴の歯が折れてどこまで飛ぶか、競争しようじゃないか」
「いいですね。お供します」
〈完〉
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作者イシイアキヒト氏:イベント参加決定!
ブースNo:A-47 「武器屋小説」販売。
価格:300円
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「第七回文学フリマ」
開催日:2008年11月 9日(日)
時間:開場11:00〜終了16:00
開催概要:文学作品の展示即売会
・出店サークル数 150以上
・入場無料
・サークルカタログ無料配布(数に限りがあります)
・立ち読みコーナーあり
・第七回文学フリマ内で
「講談社BOX 東浩紀のゼロアカ道場 第四回関門」が実施されます
会場:東京都中小企業振興公社 秋葉原庁舎 第1・第 2展示室
(JR線・東京メトロ日比谷線 秋葉原駅徒歩 1分、
都営地下鉄新宿線 岩本町駅徒歩 5分)
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